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「転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件」限定しおり④


憧憬

 周囲を山に囲まれた鄙びた山里、月野瀬。
 そこにある神社の境内に建てられた村尾家、沙紀の部屋。
「姫ちゃん都会での生活、大変そうだけど、がんばってね、うん、それじゃ」
 通話を終えた沙紀は、「はぁ~」と悩まし気なため息を吐く。
 親友である姫子はある日突然、都会に引っ越すことになった。
 そのことを告げられた時、2人して抱き合って、号泣したものだ。
 今でこそ姫子が引っ越してしまった現実を受け入れつつあり、こうして連絡も頻繁に取り合っている。それに夏休みには戻ってくると聞いているので、会えるのも楽しみだ。
 しかしどうしても、胸には埋めがたい寂寥や焦燥といったものが渦巻いていた。
「……お兄さん」
 沙紀は睫毛を伏せ、スマホを胸でギュッと抱きかかえる。
 姫子が引っ越したということは必然、その兄である隼人とも離れ離れになってしまった。
 沙紀にとって、隼人は特別な存在だ。
 平安時代から続く月野瀬の神社の家系に生まれ、自分での何のためにやらされているかわからない神楽舞。厳しく練習させられる無味乾燥で色褪せた沙紀の世界を鮮やかに彩ってくれたのは、その神楽舞を褒めてくれた幼いはやと(、、、)だった。
『すげーっ、きれーなだけじゃなくてかっけーっ!』
 純粋な称賛の声、こちらに向けられたキラキラした瞳。
 あの日、心の奥底に灯った大きな感情の火は、今も沙紀の胸を焦がし続けている。
 隼人と話をしたい。仲良くなりたい。でもどうしていいか、わからない。
 沙紀はずっと、見ているだけだった。
 会話をする機会自体は何度もあった。
 だけど、隼人を前にすると頭が真っ白になってしまって、逃げだしてしまう。
 これではダメだというのもわかっている。
 しかし、いつか話せればいいやという、楽観的な甘えもあった。
 それに月野瀬で歳の近い異性は隼人だけ。だからいつかきっと、その隣にいるのは自分だという、脈絡もない確信めいたものもあった。
 だが、実際はどうだ。
 このまま顔を合せる頻度も減り、いつしか縁が切れ忘れ去られてしまう未来が、ありありと想像できる。
 それだけは決して、許容できない。
 何か行動を起こさなければ。
 姫子と重ねた電話の中で、最近スマホを買ったことを聞いている。それこそアドレスを教えてくれと聞けばいい。
 だというのに、もし断られたらと思うと怖気付いてしまい、一歩を踏み出せないでいる。
 なんとも情けない、意気地なし。
「っ⁉」
 そうやって今日もまたうじうじしていたところに姫子からのメッセージが届き、それを見てこれでもかと大きく目を見開いた。
『おにぃがさ、沙紀ちゃんと連絡取りたいって。おにぃのアドレスだけ教えとくから、気が向いたら相手してあげて』
 まさか隼人から連絡を取りたいというまたとない機会の到来に、沙紀の心臓が痛いくらいに暴れ出す。
 落ち着くために、胸に手を当て深呼吸。
 一体何の用だろうか?
 そもそもこれまで、隼人からわざわざ話しかけられたことなんて、数えるほどしかなく、想像も付かない。
 いいことだろうか? 悪いことだろうか?
 頭の中はもしやとまさかで大渋滞、顔も百面相。
 沙紀は不安と歓喜、怖れと期待、そしてなにより隼人と話したいという想いに衝き動かされて、メッセージを送る。
『村尾沙紀です』
『何か用でしょうか?』
 しかし送ってしまったあまりに素っ気ない文面に、返事が来るまで気が気じゃない沙紀だった。