マジエクにおけるダンジョンという場所は、何が起こるか分からない摩訶不思議空間である。
ただでさえダンジョンという物は、一般的な自然法則やら物理法則なんかを無視している超世界が広がっている。だというのにエロゲという要素が加わってしまえば、それはもうどうしてこうなったと言わんばかりのアホ展開にもなり得る。
さっきまで地下だったのに、急に天井がなくなり風と日の光が浴びせられることもあれば、何もないところから魔法陣が出現し、エッチな気分になるガスが噴出されることも稀によくある。ああ、エロゲだからね。あるよね。
今回はまあエロい事は起きなかった。起きなかったんだが。
「なあ、ななみ。俺たちさっきまでダンジョンに居たよな?」
本当に意味が分からない。最初はなんか変な機械があるなと思ったんだよ。壁に手を触れた瞬間、魔法陣が起動して気がついたらここに居た。やっぱり意味が分からない。
「ええ、それはもう暗くてジメジメしたダンジョンでございました。正直わたくしも混乱しております」
そう、石造りで涼しくて少し暗くてなんかジメジメしていて、間違っても、こんな…………町中ではなかったはずだ。
ブオオンとエンジン音を立て、一台のスポーツカーが走り去っていく。辺りを見渡してみるも、どこからどう見たって家々が立ち並ぶ町である。
最初は単純にダンジョンの外に出たのかと思っていた。しかし、それにしたらいくつかおかしい点がある。
まず、ネットが繋がらない。ツクヨミトラベラーは反応を示さない。明らかにこれはおかしい。
続いてななみがメイドのコスプレをして居ると思われている点である。毎日のようにメイド服で町中を闊歩するリュディのメイドやななみが居るというのに、多くの人にコスプレと間違えられるだなんて思えない。
そして町に獣人がいない事だ。確かに獣人が少ないと言う設定の町も、マジエクにはある。しかしその町はエルフもほとんど居ないはずなのだ。
しかしこの町には耳の尖った人が沢山いるではないか。まるでアニメとかで見たエルフだ、それこそリュディのように。
だからといってエルフの町のようにも見えない。
日本のような場所なのだ。科学が発展していて、自動車が走っていて、スマホを持っていて…………町中は日本語であふれ、既視感ある風景もある。
マジエク世界も日本語が共通言語であるから、ななみも問題なく読めているのだろう。辺りの看板を見ながら何かを考えている。
「ここがどこか調べる必要があるな。ここはどこですかなんて聞いてみるか……?」
「もしくは書店に向かうのはどうでしょう? 地図や直近の歴史が分かるかもしれません」
彼女の視線の先には『本』と大きな字が書かれた看板があった。
「良い考えだな。ただ、今持ってる手持ちのお金でなんとかなれば良いが」
「金額的な意味ではございませんよね? その場合はどこかで両替していただきましょうか。申し訳なさがありますが、最悪立ち読みで」
まあそうだな、とそのまま二人で書店に入る。
そこで少し情報を収集して分かったことは、ここがマジエクの世界でも、日本でもないということだった。
「神界、魔界……そして人間界、ねぇ」
「どれもこれも初耳でございますね……」
ななみは聞き覚えのないと言っているが、俺にはすごく聞き覚えがある。しかしそれはマジエクの世界ではなく日本でだ。それもマジエクと同じようにゲーム世界の設定である。
そうだ。めちゃくちゃ売れてアニメ化までして、一世風靡したあのゲームにこんな設定があったんだよなぁ…………。
だけどゲーム世界だと? いや、しかし俺はマジエクという世界に来たのだ。だからこそ絶対にあり得ないとは言えないのではないか。
別のエロゲの世界に来てしまうだなんて。
「やあ、そこの美しいメイドさん! 見慣れない顔だね、ここは初めてかい?」
呼ばれて二人同時に振り向く。
「わたくしの事でしょうか?」
あっ、と叫ばなかったのは奇跡だったかもしれない。
そこに居たのはイケメンだった。
容姿端麗、眼鏡、なぜか爽やか、そして急に始まるナンパ。まさか……彼は。
「前世の頃から愛していました!」
このセリフぅぅ! 間違いない! 『SHUFFLE!』だ『SHUFFLE!』の友人キャラ『緑葉樹(みどりばいつき)』だ!
とりあえずナンパしちゃうけど、実は天才でここぞという時の度胸がすごくて、ルートによっては非常に頼りになるキャラである。
「申し訳ございません、私は前世からご主人様に心酔しておりますし、すべてを捧げております」
ななみがそう言うのと同時に、彼女の前に出る。それを見た樹は肩をすくめた。
「そうか、捧げた人がいたんじゃ……ね。残念だよ」
『SHUFFLE!』の主人公『土見稟(つちみりん)』じゃないからだろうか。「殴って良いかい?」とは言わないんだな。いや、出会った人の彼氏に対して殴っていいかいだなんて聞くのは、そいつは頭がおかしいとしか思えない。いや、彼はたまにおかしな発言をしてヒロイン達に冷たい目で見られてたんだけど。
てか、よくななみのぶっ飛んだセリフを表情変えずスルーできたな。そこは樹がすげえとしか言いようが無い。
「じゃあ俺様はいくよ」
一言二言ななみと話して、彼はこの場を立ち去ろうとする。
そこでふと思いついたことがあったため、聞いてみることにした。
「なあ、ちょっと聞きたいんだが」
「なんだ? 俺様の電話番号かい? あいにくだけど、男に教えられる番号は所持してないんだ」
なかなかすごいことを言うな。でも聞きたいことはもちろんそんなことじゃない。
「ここって…………『光陽町』だよな?」
「当然じゃないか。ほら辺りを見てみな。制服を着た魔族神族がこんなに居るところは『バーベナ学園』があるこの町だからこそだよ」
「そっか。ありがとう」
「じゃあ俺様は行くぞ」
そう言って彼はきびすを返し……別の女性に声をかけていた。
「ご主人様?」
「ななみ……ゲームの世界に転移する事ってあり得ると思うか?」
「あるかないかで申し上げますと、天文学的に低い確率ではございますが、あるかと」
なら、そうなのだろうか。
「多分だけどな、ここは俺の知っているゲームの世界なんだよ」
そう言うとななみは小さく頷く。そして首を何度か縦に振った。
「なるほど、ある程度状況を把握できたかもしれません。確認ですがご主人様は転移されたかと思っておられますか?」
「まあそうだな」
「……私が思うにこれは転移ではなく、転写のようなものではないかと思っております」
「転写?」
「ええ、そうです。ご主人様。私たちがダンジョンで発動した魔法は、異世界に転移するにはあまりにも魔力が足りません。アレは一時的に自身のコピーを別の世界へ写す魔法だと推測します」
「そんな事可能なのか?」
「ええ、可能です。異世界転移よりかは簡単にできるでしょう。発動した魔法陣の魔力を考えると、さほど長い時間存在することもない。すぐに元の場所に戻るかと思います」
「戻るのか……戻っちまうのか」
せっかく自分の好きなゲーム世界に居るというのに、すぐ戻るのはそれはそれで寂しい。
「なあ、ななみ。どうせだったら、少し観光しないか?」
と俺は提案すると、ななみは頷いた。
「観光、ですか? まあする事もないですし、構わないと思いますが」
「よぉぉぉおし! じゃあ行こうぜ!」
と俺が言うとななみは少し驚いた様子で俺を見た。
「どうしたななみ?」
「いえ、今まで見たことのないような笑顔でしたので……」
そりゃまぁ当然だよな。だってあのアニメ化もされたあの『SHUFFLE!』の世界だぜ? もし好きなエロゲの世界に来てテンションが上がらなければ、それはエロゲーマーではない。そして来てしまったんなら聖地巡礼は義務である。
「気にするな、じゃあ行こうか」
「行くというのは、どこへでしょうか?」
どこへ行くかって? もちろん決まっている。
「バーベナ学園だよ」
俺たちが居た場所からバーベナ学園へ行くのは十分とかからなかった。通りすがりの人に聞きながら進めば、あのゲームで見たあの学園が立っている。
その学園の前には人だかりが出来ており、気になった俺たちは人の隙間を縫いながら進み、その中心に居た人々を見つめた。
「あれは、土見ラバーズじゃないか……!」
「土見ラバーズですか?」
そうだ、と頷く。
「主人公で『神にも魔王にも凡人にもなれる男』と呼ばれる『土見稟』に恋しているヒロイン達がそう呼ばれているんだよ!」
「なるほど、あの方がゲームの主人公なのですね……そしてこのゲームが恋愛系だとなんとなく察しました」
「うっわーマジかよ。楓ちゃん、シアちゃん、リンちゃん、亜沙先輩が居るんだけど、マジだよ……!」
「聞いておりませんね。くっ、まさかこの私がツッコミに回るとはっ……!」
「くっそ、あんな可愛い子を侍らしやがって、うらやましいぞ、土見稟!」
「ご主人様も既に作り上げているような?」
まてよ、土見ラバーズがいる? てことはだ。
「まさか、この辺りに居る人々はKKK(スリーケー)、SSS(スリーエス)、RRR(スリーアール)か!」
「なんでしょう、それらは?」
なんだって!!!!!!!!
「まさか親衛隊KKKの『きっときっと楓ちゃん』、親衛傭兵団SSSの『好き好きシアちゃん』、リンちゃん突撃護衛隊RRRの『らんらんリンちゃん』をご存じないぃっっっっ!?」
「存じ上げませんが……。落ち着いてくださいご主人様。いつもと役割が逆転しております」
「そ、そうだな。知っているわけないよな。ふぅ、もう少しで人生の三割は損してるだなんて言ってしまうところだったぜ」
そりゃ日本人じゃないからななみは知らないよなぁ。やっべー語りてぇ! 『SHUFFLE!』ってほのぼのしてるけど、実は裏設定がスゴかったりするんだよなぁ、初見プレイの時は楓と主人公の関係にマジびびったよ。裏設定を知るとストーリーがよく出来てる事がわかるんだよなぁ!
「ではどうされます、ご主人様。お声がけしますか?」
「ああ、ヤバイ声かけたい。でもなぁ」
「どうされたんですか?」
仲よさげに話す彼女達を見てそれを思いとどまる。
「いや辞めておこう」
「なぜ、でしょうか?」
「だってさなんかすごく皆楽しそうに話しているんだぜ? ここに俺が出て行ってもなぁ。それにすぐに俺たちは元の世界に戻るんだろう?」
「そうでしょうね」
「なら、声をかけてもな。彼らの前で消えても困るし、なにより楽しそうなのに水を差しそうだしな」
そう言って二人で人混みを抜ける。やっぱヒロイン達にはなるべく笑顔で居て貰いたいしな。
「だから遠くから見ようぜ。そんで見たい物、全部見……………………あれ?」
ふと、ななみを見て、自分の手を見て。俺達の体が異常なことに気がつく。
「手が透明になってる……」
「どうやら時間切れのようですね」
「時間切れ?」
「我々が帰る時間が近づいてきたんですよ」
え、早すぎないか?
「おいおいおいおいおい、まだ一日で建築された神王様と魔王様の家を見てないし、カレハ先輩や先生とか、ファンディスクとかコンシューマー版の追加キャラを見ていないんだけど!?」
「何を仰ってるんですか。会いたい気持ちは理解できますが、これ以上こちらに居ると心配されますよ? ほら、元の世界には誰がいますか?」
はっと我に返る。
「……そうだな。あっちの世界にはリュディが、先輩が、姉さんが、皆が待ってるからな」
いったいどれだけの時間が経過しているのだろう。こちらと同じ時間経過ならば、夕食前だろうか。あまり長居すると、彼女達が心配してしまう。
「ええ、そうです。戻ったらすぐに夕食にしましょう。今日ははつみ様が好きなハンバーグの予定です。雪音様もお誘いして、皆で夕食です」
リビングで皆で料理を囲んで、そこには笑顔があふれていて。姉さんだけは無表情っぽいんだけど、でも実は目を大きく見開いていて、内心ではすごく喜んでいて。
「…………ははっ、皆を待たせるわけには、いかないな」
「そうですよ。では帰りましょう」
そうだ、そうだよな。さあ、帰ろう。
マジカル★エクスプローラーの世界へ。