自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う 試し読み

プロローグ

 風貌の厳つい男たちに絡まれてしまい、裏路地に引き込まれそうになった絶体絶命のわらわの前を通り過ぎる、一陣の風。
「ぐがああっ」
 粗野な男の悲鳴と激突音が聞こえるが、そんなもの今はどうでもよかった。
「てめえ、何しやがる!」
「か弱い女の子を、おっちゃんたちみたいな強面が、無理やり暗闇に連れて行こうとしたら、それは犯罪だよ」
体格のいい男二人に凄まれても、平然な顔をして相手に説教をしているのは——小柄な女性だった。革鎧に短パンで、金髪の髪を横で括っている。
たぶん、年齢は十代半ばだと思う。革鎧を着ているからハンターだとは思うけど、それでも、あんな怖そうな男を相手にするのは無謀すぎる。それに——
「妙な格好をして、偉そうな口を叩きやがって。仲間に手を出して、それなりの覚悟はしているだろうな」
そう、男が指摘したように格好が妙と言うか変なのだ。服装は問題ないのだけど、その背に何故か巨大な鉄の箱らしきものを背負っている。
わらわを庇うように男たちの前に立ちはだかったので、彼女の背中側が丸見えになり、背負っている鉄の箱が目の前にある。
何だろう、これ。白を基調としているけど、ガラス板が上半分にはめ込まれていて、その奥にずらっと、見たことがない物が……ええと、本当に何これ。お父様の仕事柄、古今東西の珍しい魔道具を目にしてきたけど、こんなのは初見よ。
表面に山の絵が描かれている透明の瓶らしき物とか、こっちは小さな筒みたいなのに黄色いスープの絵が描いてある。他にも、果物の絵が描いて、あっ……これって、本当に絵なのかしら。まるで、本物みたい。かなり腕の良い絵描きの作品だと思う。
ますます、この鉄の箱が何なのかわからなくなったけど、それ以上は観察ができなかった。背負っている女性が激しく動き、視界から消えたから。
愛嬌のある顔をした彼女は、背負っている鉄の箱など苦でもないのか、素早く踏み込み懐に滑り込むと、その拳を突き出した。
肩に軽く触れた程度にしか見えなかったのに、男がきりもみ回転で空を舞っている!
えっ、そんなに強く殴ってないよね。というか、あんな体格のいい男を、こんなちっちゃい人が吹き飛ばせる訳がない。
目の前の光景が信じられずに頭で否定していたら、突然、聞いたことのない男の声がした。
「あたりがでたらもういっぽん」
え、誰の声? というか、当たりが出たらもう一本って何?
「後ろねっ!」
男たちの仲間が一人、背後から忍び寄っていたのだが、彼女は振り返りざまに回し蹴りを叩き込んだ。
あんな鉄の箱を背負って、何で後ろからの攻撃がわかったのだろう。
「ありがとう、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
ハッコンって誰っ!? 今のいらっしゃいませって何!?
今の声って鉄の箱から聞こえた気がするけど、違うよね。あんなに激しく動いている鉄の箱に、もし人が入っていたら、絶対に酷い状態になっている。
あっさりと倒し終わった彼女に近づき、目深にかぶった帽子がずれないように手を当てて、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「大丈夫だった? 怪我はないのかな」
「はい、ぴんぴんしていますわ。あの、お名前をお聞きしても……」
見た目はあれだが、こんな凄腕の少女とお近づきになるチャンスを逃すわけにはいかない。きっと名の売れたハンターに違いない。
「うんとね、うちはラッミスって言うんだ」
「ラッミス様ですね。しっかりと、胸にきざ——」
「でね、この子はハッコンだよ」
ん? どの子? ここにいるのって、わらわとラッミス様と足下に転がる無数の荒くれ者だけだよね。他に誰もいないのだけれど。
「ええと、申し訳ありませんが、ハッコンさんが、何処にもいらっしゃらないのですが」
「あ、ごめんごめん。それじゃ、わかんないよね。よっこいしょっと」
背負っていた鉄の箱を下ろし、その横に並ぶと、手をすっと横に伸ばした。
「この魔道具がハッコンです」
「いらっしゃいませ」
「はい?」
え、何を言っているの。ま、まって、落ち着くのよ。愛用の武具に名前を付けるハンターは珍しくない。きっとそういう類いなのだろう……でも、今、声がしたわよね。

「あ、あの、このハッコン、さんですか。今、言葉を発したように思えたのですが」
「うん、そうだよ。ハッコンってお話しできる魔道具なんだ。決まった言葉だけだけどね」
「そ、そうなのですか、それは凄いですわ!」
それが本当なら、この魔道具とんでもない値段がつくわ。お忍び散歩が失敗して、あんな男たちに絡まれてしまったけど、そんなの帳消しにしてお釣りがくる。
「凄いでしょー、でも、それだけじゃないんだよ。ハッコンはね、美味しい食べ物や飲み物を出せることもできます!」
「ええと……」
「あ、信じてないでしょ。論より証拠だよ。まずはうちが使ってみるね。この商品の下に数字が書いているでしょ。これが値段になります。ということで、銀貨を一枚、ここに入れます」
確かに値段らしき表示はあるけど、銀貨一枚で購入するとなると、強気な値段設定ね。でも、まさか、こんな鉄の箱で商売ができるなんて……。
「そして、買いたい品物の下の出っ張りを押します。するとー」
がこんっと物の落ちる音がすると、ラッミスはしゃがみ鉄の箱の下側に手を突っ込んで、何やらごそごそやっている。
「このように、商品が手に入ります」
わっ、本当にガラスの向こうに展示されていた物と同じ物が、ラッミス様の手の中にある。えっ、本当なの。この魔道具の価値、とんでもないわ。
「あ、あのわらわ……私も購入させてもらって、構いませんか」
「うんうん、どうぞ、どうぞ」
ラッミスが鉄の箱の前から退き、わらわが代わりに移動すると「いらっしゃい」と話した。
「ええと、お金を入れて、どれにしましょう。じゃあ、この果物の絵が描いているのを」
みずみずしい柑橘系の果物が描かれている品にしておいた。箱の下側の細長い穴から音がしたので、恐る恐る手を突っ込んでみる。
「ひうっ、冷たい」
「うん、冷たいのはキンキンに冷えていて、温かいのはぽっかぽかだよ」
飲み物を冷たく提供できるなんて、この箱どうなっているの。この入れ物って硬いけど強く押すと少し凹むのね。鉄をかなり薄く伸ばしたのかしら。
これって上の部分が飲み口よね。瓶みたいに細くなっているし。瓶と同じなら、先端のこれ捻ったらいいのよね。
カチリと音がして蓋が開くと、爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「あっ、いい香り」
万が一、怪しい薬物が投与されていることを考慮して、舌を湿らす程度だけ口に含む。
「えっ、お、美味しいっ」
柑橘系の酸味だけでなく程よい甘味が舌の上に広がる。そして、この冷たさが心地いい。ごくりと流し込むと、すーっと冷たさが体中に染み渡り、思わず「ふぅぅ」と声が漏れた。
「気に入ってくれたみたいだね」
あ、全部飲み干している。味も美味しく、言葉も話せる魔道具。それに、購入者の硬貨も中にいっぱい詰まっているわよね。これは掘り出し物よ。是非、手に入れたいわ。
「ええもう、感動です。あっ、助けてもらったお礼をまだしていませんでしたわ。この先に私の家がありますので、少し寄ってくださいませんか」
「そんなの気にしないでいいよ」
「いえいえ。お礼をしなければ両親に怒られますわ。助けると思って是非」
と、彼女を引き留めようとしたのだけど、仕事の最中らしく断られてしまった。
「お嬢様、お嬢様。どこにいらっしゃいますか!」
そろそろ、時間切れのようね。ハンターのラッミス様と魔道具のハッコン。しかと覚えましたわ。