『断末のミレニヲン』刊行記念スペシャルインタビュー

十文字青×マフィア梶田

 『薔薇のマリア』の十文字青が贈る新作、『断末のミレニヲン』。「ファンタジー×ゾンビ・パンデミック」というコンセプトで強烈な異彩を放っている本作は、剣と魔法と阿鼻叫喚に彩られた"屍霊創世記"だ。ゾンビによるアポカリプスの訪れを描いた作品は数多くあるが、十文字青の描く"終末世界"は一味も、二味も違う。 そして今回、熱狂的なゾンビ&十文字ファンを自負する筆者・マフィア梶田が一足お先に『断末のミレニヲン』を読了してのインタビューを実施。読者諸氏には本稿をチェックしてもらいつつ、発売日である2015年1月1日を心待ちにしていてほしい。

"規制ゼロ"で描かれる幻想世界の終焉 恐怖のルーツは『バタリアン』にアリ

――まず最初に、本書の企画が立ち上がったきっかけをお聞かせください。

 ちょうど担当編集者が別の会社から転職してこられたMさんという方に代わりまして、二人で新しいのやりましょう、みたいなところから始まりました。
 お互い、相手のことをよく知らない状態からアイディアを出しあって、ああでもないこうでもないと揉んでいるうちに、だんだん理解が進んできて……最終的にこのような形で落ちついたという感じでしょうか。

――なぜ「ゾンビ」を題材にしようと思ったのですか?

 "そこにゾンビがあった"ので。

――やだ、カッコイイ……じゃなくて、もっとこう、具体的に!

 『薔薇のマリア』を書かせてもらったスニーカー文庫だし、やっぱり「ファンタジー」なのかなと。でも、単なるファンタジーではおもしろくないし、何か違ったことがやりたい。
 そこで、ちょうど現代を舞台にしたホラー要素の強いパニック小説の案も出ていたので、いっそファンタジーでやってしまったらどうだろうという考えに至ったんです。じゃあ、パニックの原因は……と突き詰めていくと、結局、ゾンビしかありえなかったんですよね。

――様々なアイディアが出た中で、組み合わさった結果なんですね。

 そうですね。僕もMさんも、明るく楽しい青春時代を送ったようなタイプじゃないので、もっと暗くてハードな逆青春モノというか、裏青春モノというか、そういう案もあったりしました。

――そんな本作ですが、ゾンビ物の"セオリー"を心得たうえで上手く料理しているという印象で、いちゾンビファンとしても大興奮の読み応えでした。十文字先生のゾンビに対する思い入れや、こだわりなどあればお聞きしたいです。

 僕は恐がりじゃないのですが、子供の頃にテレビで観た『バタリアン』という映画だけはものすごく恐ろしくて、それがたぶん自分にとっては"初ゾンビ"だったんです。
 ゾンビ映画を詳しく知らない人には何のことやらさっぱりでしょうが、これはゾンビが「脳みそ食わせろー」と喚きながら追いかけてくるような内容なんですよ。"いかにも"なゾンビとは明らかに違うので、そうなると僕は正統的なゾンビファンではないのかもしれないです。

――『バタリアン』はゾンビ映画の中でも変わり種の傑作なんですよね。コメディ要素も強いのですが、ひたすら救いのないストーリー展開ですし子供にはトラウマを植え付けるやも……。

 なんで恐ろしかったのかというと、僕の住んでいる街には「隠れキリシタンの墓地があって、今でも土葬が行われている」という噂があったんです。だから"生の死体"を身近に感じていて、それが墓の下から蘇ってくるという現象にリアリティを感じてしまった。それに僕は物心ついた頃から、"死"について取り憑かれたように考え続けているような子供だったんですよ。それも影響しているのかもしれません。

――メメント・モリ系男子……。なるほど、そんな風に幼い頃から豊かな想像力と考察力が養われていたんですね。納得です。

 『バタリアン』の結末にも、いろいろと感じるものがありました。観たことがない人は、もしよければ観てみて欲しいです。1985年の古い映画ですし、基本的にはあの時代の馬鹿馬鹿しいB級感を笑いながら楽しむことになるかと思いますが……決してそれだけじゃない。冷戦の影響や、世紀末を控えた"終末感"みたいなものが根っこにあるんです。僕が思うに、ですけど。

――"終末感"と"ゾンビ"は切っても切れない関係ですからね。

 世紀末なんかとっくに、何事もなく終わったのに……僕はその終末感から、完全には抜けだせていないのかもしれません。「そのうち世界が終わる」という気分を拭い去れない。ゾンビって、そういう気分によくマッチするんですよ。だから僕は、ゾンビが好きなのかもしれない。
 『バタリアン』以後もゾンビ映画はそれなりに観ましたし、ゾンビが出てくるようなマンガはつい手にとってしまいます。ゾンビ物のセオリーを意識的に"学んだ"つもりはないのですが、ある程度は自然と身についているんでしょうね。

――ゾンビには中毒性があるんですよ。それはもう、骨の髄まで染み込んじゃってますね。

 ……ただ、どうしても一つだけ、ゾンビについて個人的に納得できないことがあるんですよ。

――お、それはもしや……。

 ゾンビは「歩く」、「動作が鈍い」という点です。これは僕が本質的に怖がりじゃないことにも関係があるのかもしれないのですが、ノロノロしたゾンビはどんなに大群でも怖いと感じられないんです。
 その滑稽さが良い、というのもわからなくはない。様式美的なものだというのも、理解はできる。しかし、画面を通して観ているぶんにはよくても、危険を感じないものに恐怖を覚えることがない自分がこの手で物語を書くとなると、"鈍いゾンビ"にはできませんでした。

――やはり、そこですか。ゾンビファンにとって避けては通れない永遠の議題なんですよね。"歩くゾンビ"と、"走るゾンビ"。

 実のところ、作劇上ではノロノロと歩くゾンビのほうが考えないといけないことが少なくて楽だったりするんです。素早くて強力な走るゾンビだと、すぐに登場人物が食われてしまうので大変なんですよ。

――さらに本作は「剣と魔法のファンタジー×ゾンビ・パンデミック」という一風変わった設定ですからね。いざ小説として物語にするとなると、難しい面もあったのでは?

 難しい面は、とくになかったです。現代だろうと、過去だろうと、「剣と魔法のファンタジー」だろうと、その舞台をちゃんと頭の中で構築することさえできれば、小説を書く上ではそんなに変わりはないんじゃないかと、個人的には思います。
 それに「剣と魔法のファンタジー」は、僕にとって現実世界と変わらないくらい馴染み深い世界なので。そこでゾンビ・パンデミックが発生するという状況は、むしろ想像しやすかったですね。

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