[煌帝のバトルスローネ!]竜姫イラのイライラ大作戦-2巻発売記念ショートストーリー!- 井上悠宇 イラスト/ぎん太郎

「“憤怒”のすぺしゃりすとたる余には分かる。人は誰しも心に余裕が無い時、容易く“憤怒”するものなのだ!」
 白いワンピースに、長い銀髪、無邪気な金色の瞳。異世界からきた竜姫イラ・エンペルト・ドラゴニカは自信満々な様子で腕を組んで、ふんぞり返っていた。
「レイジよ、余の持つこれが何かわかるか?」
 差し出されたその手にあるのは赤いゴム風船だろうか。まだ膨らんでおらず、しなびた舌みたいにだらんと垂れている。
「これはフーセンというのだ。サーセンではないぞ? 余にはお主に謝るようなことは何一つないのでな。今朝、お主のヨーグルトを黙って食べたことを除けばな」
 反省の色は窺えない。
「まぁ、見ておれ」
 イラが口をつけて息を吹き込むと、赤いゴム風船が膨らんだ。「すはーっ!」イラはゴム風船から口を離して息を吸う。その間にゴム風船から空気が抜けてしぼむ。
また、息を吹き込む。ゴム風船が膨らむ。「しゅはーっ!」イラが息を吸う。ゴム風船がしぼんで元に戻る。その繰り返し。ゴム風船は一向に膨らまず、必死に膨らませようとするイラの顔だけが真っ赤になっていく。
「いや、息継ぎの時に風船の口をしっかり押さえとかないと空気が抜けるよ」
「ほ、ほう? ……何、今のはちょっとした準備運動である」
 過ちを認めずにイラは再挑戦する。今度はなんとか膨らませることに成功した。
だが——ゴム風船の口元を縛ろうとして手を離したのか、貯めた空気がブフーっと一気に漏れてイラの顔にかかり、柔らかな銀髪を宙に舞い上げた。イラは目を閉じて、風から逃れるように顔を背ける。
「なんなのだこれはあぁあっ! 余をバカにしておるのかっ! 竜種の種族王たる余の顔に突然ブレスを吹きかけるなど、無礼にも程があるであろうがーっ!」
 怒りの沸点が低すぎる。
「何をするのかしらないけれど、僕が膨らませてあげようか?」
「コラー! そんな風に心に余裕がある大人な態度で、フーセンを膨らませられないだけで怒っちゃう子どもを見るような目で余を見るでなーい!」
 イラは赤いゴム風船を振り回して憤慨した。
「よいか、今、余に見せたような心の余裕を無くすのだ! そうすれば“憤怒”することなど容易い!」
「心の余裕なんてどうやって無くせばいいのか分からないよ」
「この風船さえ膨らめば、それも可能である」
「じゃあ、さっさと膨らませよう」
「ええい、余計な手出しをするでないわ! これには突如ブレスを顔に吹きかけられ、屈辱を味わわされた余のプライドがかかっておる! 余が風船を膨らませるまで、そこで座して待っておれ!」

 異世界を統治する煌帝の座を巡り、七つの種族の王たちがそれぞれのシンボルを奪い合う皇位継承戦争に巻き込まれた僕は、種族王の一人である“憤怒”の竜姫イラと共に戦う事になってしまった。でも、そのためには、僕が“憤怒”してエネルギーを貯める事が必要。しかし、他人と接することに臆病で平和主義な僕は怒る事が超ニガテ。そんな僕にイラは“イライラ大作戦”と称してイタズラを仕掛けて怒らせようとするのだが——。

「フフフ、どうだ? 見事であろ?」
 イラの手には限界近くまで大きく膨らんだ赤いゴム風船がある。あれから、ニ十分も経っていた。
「この間、木にひっかかっているフーセンを見つけてな。なんだろうと触っておる内に、突然、轟音と共に破裂したのだ。余は実にびっくりした」
 異世界にはゴム風船なんてないだろうから、驚くのも無理はないかもしれない。
「これから、余はこの赤い風船を不意に割る。いつかは言わぬぞ。割るぞー、割っちゃうぞーとお主を焦らし、心の余裕を無くしてからである。お主はまるでトイレで用を足そうとした瞬間に銃をつきつけられたサラリーマンのごとく怯えることだろうな」
 何が起きたのかわからないけど、そのサラリーマンの安否がすごく心配だ。
「この風船が割れた時、お主はひどくびっくりして腹を立て、思わず『なぜ、割ったし!』と叫ぶであろう。その時“憤怒”のエネルギーが溜まるという計画である」
 なぜ、サラリーマンに銃をつきつけたのか、という理由の方が気になっているけど。
「人は不意に驚かされるとびっくりして腹が立つもの。今でも、余は子どもが持っている風船を見たら、八つ裂きにしてやりたい思いに駆られるほどであるからな」
 イラが自信満々過ぎて、なぜかこちらが申し訳ない気持ちになってきた。
「じゃあどうぞ」
「フフフ、そう焦るでない。いつ割られるのかわからないというのがこの作戦の——」
 ——パンッ!
 何もしてないのに赤いゴム風船が割れた。イラは「キョ!」と声をあげて、驚きのあまり後ろにひっくり返った。そして、起き上がると、
「なぜ、割ったし! まだ余は何もしておらぬ! びっくりした! びっくりしたではないか! お主一体何をした!」
「……何もしてないよ。勝手に割れたんだ。膨らませる時に手こずっていたから割れやすくなってたんじゃない?」
「コラー! 自分が割るという安心感に裏切られ、びっくりさせられて涙目になった余もちょっとカワユイ、なんて邪な思いを孕んだ視線で見るでなーい!」
「見てないよ!」
 イラは両手を上げてひとしきり憤慨した後、
「と、まぁ、このような感じで“憤怒”してみせよ」と、澄まし顔で余裕を取り繕った
「無理でしょ」

 結果:びっくりしただけで、作戦失敗。